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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)247号 判決

上告人

浅井岩根

福島啓氏

鈴木良明

竹内浩史

右上告人ら(浅井岩根を除く)訴訟代理人弁護士

浅井岩根

右上告人ら(福島啓氏を除く)訴訟代理人弁護士

福島啓氏

右上告人ら(鈴木良明を除く)訴訟代理人弁護士

鈴木良明

右上告人ら(竹内浩史を除く)訴訟代理人弁護士

竹内浩史

右上告人ら訴訟代理人弁護士

井口浩治

小川淳

海道宏実

佐久間信司

森田茂

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

杉浦英樹

滝田誠一

平井宏和

被上告人(元愛知県議会事務局長)

寺尾憲治(Y)

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人兼上告代理人浅井岩根、同福島啓氏、同鈴木良明、同竹内浩史及び上告代理人井口浩治、同小川淳、同海道宏美、同佐久間信司、同森田茂、同新海聡、同西野昭雄、同杉浦龍至、同杉浦英樹、同滝田誠一、同平井宏和の上告理由第二点、第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第一点について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、附帯控訴に伴い原審において拡張された上告人らの請求につき改めて監査請求を経ることを要しないと解されるから、右請求に係る訴えを不適法として却下した原審の判断には、地方自治法二四二条の二第一項の解釈を誤った違法があるといわなければならない。しかしながら、右拡張前の請求をすべて棄却すべきである以上、右拡張された請求を認容する余地がないことは、同条七項の規定に照らして明らかである。そうすると、右請求は棄却を免れないところであるが、不利益変更禁止の原則により、上告を棄却するにとどめるほかはなく、結局、原判決の右違法は、結論に影響を及ぼさないことに帰する。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 千種秀夫 尾崎行信 元原利文)

【上告理由】

はじめに

本件は、地元の愛知県のみならず全国的に報道され、大きな反響を呼んだ愛知県議会議員のカラ出張に係わる住民訴訟である。

一審判決(判例タイムズ九〇四号二四一頁)は、対象議員八一名のうち七〇名のカラ出張を認定し、当時の議会事務局長であった被上告人の責任を認め、旅費を愛知県に対し賠償するよう命じた。

これに対して被上告人は控訴し、その間に議員らは、「カラ出張」を否認したまま、本件出張の取消しを申請して旅費を返納したので損害が無くなったとして、一審判決の取消しを求めた。

このような姑息なやり方に対しては、不正をうやむやにし、真相を闇に葬ろうと図るものであると県民から厳しい批判が浴びせられたが、原判決は、右返納を理由に控訴を容れて、一審判決の被上告人ら勝訴部分を全面的に取り消した。

のみならず、原判決は当上告人の附帯控訴を棄却し、弁護士報酬に関する拡張請求を却下し、上告人の全面敗訴とした。

上告人としては、このような応訴方法を認めれば、せっかくの住民訴訟の意義が骨抜きにされるのではないかと危惧している。一審においては被告職員が徹底的に争い、もし敗訴したら控訴して何らかの名目で損害を補填し一審判決の取消しを求めるということが認められるならば、住民が住民訴訟を提起して地方自治体の不正をただす意欲を失いかねないからである。

また、地方自治法二四二条の二は、住民訴訟の弁護士報酬について、第七項において原告住民が勝訴した場合、第八項において被告職員が勝訴した場合、それぞれ、普通地方公共団体に負担させることができるという趣旨を規定しているが、本件のような訴訟経過をたどった場合に、原告住民が弁護士報酬を請求できず、逆に被告職員が請求できるとされれば、明らかに正義に反するであろう。

最高裁判所におかれては、以上の諸点を十分に考慮し(国民の納得が得られるような正しい判断をされるよう求めるものである。

第一点 原判決が上告人の弁護士報酬相当額の拡張請求を却下した点(原判決主文第四項、事実及び理由第四、三。六一~六四頁)には、地方自治法二四二条の二第七項の規定の解釈摘要を誤った法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 地方自治法二四二条の二第七項は、住民訴訟を「提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる」と規定している。

よって、右条項に基づいて普通地方公共団体が原告住民に支払うべき弁護士報醗は一被告職員による違法行為と相当因果関係があり、住民訴訟において被告職員に賠償請求し得る損害となるものである。これを原告住民が、損害の一部として住民訴訟の中であらかじめ賠償を求めることに何ら問題は無いと解すべきである。

もし、本件事案においても、住民訴訟ではなく、愛知県自身が原告となって損害賠償を請求した場合には、通常の損害賠償請求訴訟におけると同様、損害の一部として弁護士報酬相当額が認容されることには何ら疑問は生じないであろう。住民が愛知県に代位して請求する場合に、一転してこれが許されなくなると解する合理的理由は無い。

二1 原判決は、次のような理由を挙げて、右条項の「勝訴した場合」とは「勝訴が確定した場合」を指すものと解するのが相当であり、右条項所定の弁護士報酬相当額の請求権は、原告住民が勝訴した時に初めて発生するものというべきである、とした。

〈1〉 普通地方公共団体自身が訴訟で請求をする場合においても、被告となった者に対し弁護士報酬を請求できるとは限らない。

〈2〉 請求できる場合であっても、その額と、右条項に従い普通地方公共団体が負担すべき額とが一致するとは限らない。

〈3〉 同条項は「勝訴した場合」としている。

2 しかしながら、まず〈1〉と〈2〉については、少なくとも本件のような損害賠償請求訴訟については、損害の一部として「弁護士報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる」ことは、確立した判例でもあり、〈2〉の金額も一致するはずのものである。

仮に、一致しない場合が想定されるとしても、住民訴訟が普通地方公共団体と被告職員との法律関係を判断するものである以上、裁判所は、普通地方公共団体が原告住民に対し負担すべき額はひとまず措いて、被告職員に請求できる弁護士報酬額の方を認定判断すればよいのであり、訴えを却下しなければならない理由は無い。

そもそも、弁護士報酬の相当額を判断するのに最もふさわしい裁判所は、基本となる事件を審理した裁判所である。にもかかわらず、原告住民が勝訴判決確定後にその審理経過等を立証して別訴で判断を求めなければならない(相当額等について争いが生ずれば、住民はあらためて普通地方公共団体を被告として弁護士報酬請求訴訟を提起し、勝訴判決を得なければならなくなる)のを原則にすると、訴訟経済上も不合理極まりないことになる。判例が、損害賠償請求訴訟において、弁護士報酬相当額をあわせて請求することを認めてきていることは、このような考慮にも基づくものと理解されるのであって、この理は本件のような住民訴訟にも、より一層当てはまるものである。

3 また、〈3〉については、右条項を規定の文言を超えてそのように限定的に解釈しなければならない理由は無い。

実際に、原告が勝訴した住民訴訟の一審判決において弁護士報酬相当額の請求をあわせて無条件で認容した先例として、例えば川崎市退職金支払無効住民訴訟第一審判決(横浜地裁昭和五二年一二月一九日判決・判例時報八七七号三頁)があるが、右の点は何ら問題とされていない。

仮に、原告住民が普通地方公共団体に実際に請求できる時期が勝訴判決確定後になるとしても、住民訴訟の中で被告職員が普通地方公共団体に弁護士報酬相当額を支払うよう求めておくことは、何ら妨げられる理由は無い。また、勝訴判決の確定を条件とすべきであるとしても、弁護士報酬相当額部分に限っては、判決主文においてその旨の条件を付して認容するか、あるいは単に仮執行宣言を付さないという方法で対処すれば足りるのである。

4 なお、本件においては、上告理由第二点で指摘するとおり、上告人は一審では勝訴したが、原審では旅費の返納により損害が存しなくなったとして形式的には敗訴した。

しかしながら、地方自治法二四二条の二第七項の「勝訴した場合」とは、形式的に判決主文のみで判断すべきものではなく、事件の審理の経過に鑑み、原告の住民訴訟提起により、普通地方公共団体の損害が実質的に回復されたかどうかによって判断されるべきものである。必ずしも判決による勝訴に限らず、請求認諾や和解の場合も含まれるのは当然であるし、本件のように、一審勝訴判決後に、その影響を受けて訴訟外で何らかの形で損害が回復したとされる場合も含まれるべきである。一審判決で勝訴したにもかかわらず、その後に違法支出が返還されたとの理由で二審判決では請求が棄却されたというような場合に、右条項による弁護士報酬の請求ができなくなるのは明らかに不当である。

本件においては、上告人は、上告理由第二点で指摘するとおり損害が存しなくなったとの判断にも不服があるが、仮に損害が回復したとするのであれば、原審は、本件は「勝訴した場合」に該当するとして、弁護士報酬相当額の請求に実体判断を加え、認容すべきであった。

三1 そして、原判決は以上のような誤った判断の前提に立って、被告職員に弁護士報酬相当額を普通地方公共団体に支払うよう求めるためには、勝訴判決確定後にあらためて監査請求を経て住民訴訟を提起する必要がある、旨の判断をした。

2 しかし、これは原告住民に再度の監査請求・住民訴訟の提起という過重な負担を強いるものであり、到底容認できない不当な判断である。

本件のような住民訴訟の中で、弁護士報酬相当額の請求をすることが認められないと、訴訟経済上、次のような不都合が生ずる。

住民は、監査請求を経て当該職員を被告として提起した住民訴訟の勝訴判決が確定した後に、地方自治法二四二条の二第七項に基づいて、普通地方公共団体に対して弁護士報酬相当額を請求することになる(相当額について争いが生ずれば、住民はあらためて普通地方公共団体を被告として弁護士報酬請求訴訟を提起し、勝訴判決を得なければならなくなる。)。そして、ようやく普通地方公共団体から支払を受けると、今度はその金額が普通地方公共団体の損害ということになり、住民はあらためて監査請求を経て敗訴職員を被告として住民訴訟を提起しなければ右損害は完全には回復されないことになる。このような堂々巡りを無限に繰り返さざるを得なくなってしまうのである。

そして、原判決のように、弁護士報酬についてまで厳密に監査請求前置を要求するのは、不可能を強いるものである。元来、監査請求においては、賠償を求める損害の費目や内訳金額についてまで逐一明示しなければならないものではない。そもそも、監査請求が退けられてはじめて、住民訴訟を提起することになるのであるから、監査請求の時点では、後の住民訴訟の弁護士報酬相当額の賠償を請求することはできないことが明白である。よって、監査請求の中で弁護士報酬相当額の賠償を請求していなくても、住民訴訟の中で請求することは許されて当然である。

第二点 原判決が、議員七七名について本件旅費が返納されたことを理由に、一審判決を取り消し上告人の請求及び附帯控訴を棄却した点(原判決主文第一ないし三項、事実及び理由第四、二1。四二~五〇頁)には、以下のとおり、愛知県の県議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例(〔証拠略〕)四条、公職選挙法一九九条の二の解釈適用を誤った法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 本件費用弁償条例(〔証拠略〕)四条一項は、議員が公務のため旅行をしたときは、その旅行について費用弁償として旅費を支給する旨規定している。

これは、愛知県には議員が公務のために旅行をしたときは旅費を支給する義務があることを規定したものである。原審における調査嘱託回答の言うように、「議員が旅行予定表により届け出て、議長の承認を得たものが公務旅行となるものである」としても、既に一旦そのような手続が踏まれた以上、これを何の理由も無く覆して「遡って公務ではなくなる」などということが許されるものではない。右条例上もそのような手続は何ら規定されておらず、右のような方法による本件旅費の返納は違法無効であって、これをもって損害が消滅したものと見ることはできない。

原判決は、「旅費支給が愛知県の義務であるかどうかに関わらず、いったん旅費を支給した後支給要件に合致しなくなった場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。県外旅行については、旅費支給要領に基づき議長が承認することにより公務旅行として旅費支給の対象になるものであるから、その反面として、同要領による旅行としての取扱いを取り消したいとの各議員の申請に対し議長が承認することにより、公務旅行の支給要件に合致しなくなるものと解される。したがって、このような場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。」などと形式的解釈を展開した。しかし、本件旅費支給(平成五年四~五月)から約三年もの長い期開を経過した後に、このような手続をとることの異常性は明らかであり、到底適法なものとは言えない。

二 行政処分については、一般的に、これを取り消して効力発生時に遡ってその効力を失わせることは、当該行政処分が法令に違反し又は公益に反するなどその成立に瑕疵があった場合に行われるものであって、無条件に許されるものではない。

本件費用弁償は、行政処分かどうかはともかくとして、右のように愛知県の義務として支給が行われたものであるから、なおさら、たとえ支給を受けた議員からの申請による取消しであったとしても無条件に許されるものではない。

なぜならば、公職選挙法一九九条の二は、選挙の公正を確保する目的から議員等の寄附を禁止しているところ、支給された費用弁償を理由無く返還することもこれに該当し得るからである。実際にも尼崎市議会のカラ出張事件において、このような返還は公職選挙法の右規定に違反するとして問題になった事例がある(〔証拠略〕)。たとえ「公務出張の取消申請及び取消承認」という形式を踏んだとしても、本来は正当な費用弁償であったという前提のもとで敢えて行うのであれば、県と議員が共謀して右規定の潜脱を図ったものにほかならないのであるから、違法な寄附とされるべきである。よって、たとえ右のような形式を踏んだとしても違法な返還であって、損害が回復・消滅したと目すべきものではない。

原判決は右のような返納に「不都合はない」というが、現に本件では「カラ出張」の有無と責任がうやむやにされるという重大な不都合が生じているのである。

第三点 原判決が、議員三名(亡松川明敬、亡久保田英夫及び一審相被告小田)につき、カラ出張の事実が認められないとの理由で上告人の附帯控訴を棄却した点(原判決事実及び理由第四、二2。五〇~五五頁)には、経験則に違反した違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 松川明敬議員については、上告人によるアンケート調査時点で死亡していたことなどから原判決及び一審判決はカラ出張の認定から除外した。しかし、同人の出張内容を見ると、平成五年三月二六日から三一日までのたった六日間に東京都内への一泊二日の出張を二回という、一審判決も認定した典型的なカラ出張のパターンと一致しているから、アンケートについての右経過にかかわらず、このような出張は通常あり得ないという経験則からして、やはりカラ出張と認定されてもやむを得ないものであった。この点は久保田英夫議員についても同様である。

二 一審被告小田については、原判決が引用する一審判決の認定判断も、被告小田の「供述については、その内容と弁論の全趣旨からしてにわかに措信することはできないが、他方でこれが偽りであるとするに足りる証拠もないので、本件においては、被告小田が右供述のような旅行をしなかったとまで認めることはできない」二審判決六〇頁)などというものであって、いわば「灰色」認定であった。

一審判決も疑問とした「その内容」というのは、〈1〉農林水産省に働きかけることを要請するためでありながらき落選中の稲垣実男前衆議院議員の事務所を訪れたということ、〈2〉それも稲垣本人ではなく秘書に面会したということ、〈3〉事務所で一泊してきたということ、などの経験則に反する不自然な点を指すものと思われる。

右のような内容であれば、同じ自民党員の稲垣実男事務所と口裏を合わせることは容易であると言わざるを得ない。一審被告小田がカラ出張ではないと主張するのであれば、何らかの裏付となる書証を提出するか、右秘書を証人申請するなどして潔白を立証すべきであった。そのような反証がなされない限り、本件カラ出張疑惑全体の中では、一審被告小田の出張についてもカラ出張と推認されるべきであったのであり、この点において経験則違反の違法がある。

以上

≪参考≫ 名古屋高裁平成九年九月三〇日判決(平成八年(行コ)第六号・第八号)

【事実及び理由】

第四 当裁判所の判断

一 本件監査請求の対象が特定されているかどうかについて

当裁判所も、本件監査請求において、監査の対象となる行為は特定されているものと判断する。その理由は、原判決が、その「事実及び理由」欄第四の一(原判決三七頁二行目から三八頁一二行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

二 本件控訴及び本件附帯控訴について

1 七七名、延べ一三七件の旅費支給に係る損害賠償請求について(控訴人による損害不存在の主張について)

(一) 被控訴人らの控訴人に対する請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、同号にいう「当該職員」に対する損害賠償請求として、本件旅費支給(愛知県議会議員が平成五年三月二六日から同月三一日までの六日間に合計八一名、延べ一四四件の県外旅行をしたとして、各議員に支給されたもの)に係る損害合計六八四万五四七〇円及びこれに対する支給日以降の年五分の遅延損害金の支払を求めるものである(ただし、そのうちの一名(三輪敦昭)への旅費支給に係る請求については、附帯控訴が取り下げられたので、当審における審判の対象は、合計八〇名、延べ一四二件、合計六七四万八六七〇円の旅費支給に係る損害賠償請求である。)。

しかして、被控訴人らの控訴人に対する請求に理由があるとするためには、事実審の口頭弁論終結時において、被控訴人らが主張する損害が存在していることが必要であるところ、控訴人は、本件旅費支給の対象者である亡松川明敬、亡久保田英夫及び一審被告小田を除く七七名、延べ一三七件については、その旅費合計六五〇万四三七〇円及びこれに対する年五分の利息が返納されているから、その分については被控訴人らが主張する損害は既に存在していないと主張するので、まずこの点について判断する。

(二) 〔証拠略〕まで、当審における平成八年一二月一九日付け調査嘱託の結果(愛知県の平成八年一二月二七日付け調査嘱託回答書)及び原審査における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成五年三月二六日から同月三一日までの間に旅費支給要領(愛知県議会議員県外旅行の旅費支給要領)に基づく旅行をした議員八一名のうち、亡松川明敬(平成五年八月二三日死亡)、亡久保田英夫(平成七年八月二六日死亡)、一審相被告小田及び三輪敦昭の四名を除く七七名から、平成八年四月から六月にかけ、右県外旅行について、同要領に基づく旅行としての取扱いを取り消したいので承認されたい旨の申請が愛知県議会議長宛にされ、議長はいずれもこれらを承認した。

(2) 議員県外旅行制度では、議員が旅行予定表により届け出て、議長の承認を得たものが公務旅行となるものとされているところから、愛知県は、今回各議員から提出された公務旅行としての取扱いを取り消したい旨の申請を議長が承認すれば、当該旅行は遡って公務ではなくなり、旅費支給原因がなくなるとして、愛知県財務規則二七条、三一条の規定に従い、返納の手続をとった。

(3) 具体的な手続の経過は次のとおりである。

議会事務局長は、調定決議書により歳入の調定をするとともに、当該議員に対し納入通知書により各旅費額の納入の通知を行った。

これを受けて、各議員は、上記納入通知書により、金融機関に現金を納入した。

次に、議会事務局長は、収納確認の後、旅費が支給されてから返納されるまでの間の年五分の割合による利息を計算し事調定決議書により歳入の調定をするとともに、当該議員に対し納入通知書により利息の納入の通知を行った。

そこで、各議員は、右納入通知書により、金融機関に現金を納入した。

(三) 右認定の事実によれば、本件旅費支給のうち、前期七七名、延べ一三七件の旅費合計六五〇万四三七〇円については、平成八年四月から六月までの間に、右六五〇万四三七〇円とこれに対する支給日以降返納の日までの年五分の割合による金員が、各議員により愛知県に対し支払われたのであるから、被控訴人らの請求する損害のうち、右七七名一延べ一三七件の旅費支給に係る損害は既に存在していないものというべきである。

(四) これに対し、被控訴人らは、右のような旅費返納による損害の不存在を争うので、以下において判断する。

(1) 被控訴人らは、愛知県には議員が公務のために旅行をしたときに旅費を支給するのは義務であるから、既に手続が踏まれた以上、遡って公務ではなくなるなどということが許されるものではないと主張する。

しかし、旅費支給が愛知県の義務であるかどうかに関わらず、いったん旅費を支給した後支給要件に合致しなくなった場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。県外旅行については、旅費支給要領に基づき議長が承認することにより公務旅行として旅費支給の対象になるものであるから(原判決「事実及び理由」欄第二の一5、6参照)、その反面として、同要領による旅行としての取扱いを取り消したいとの各議員の申請に対し議長が承認することにより、公務旅行の支給要件に合致しなくなるものと解される。したがって、このような場合には、愛知県は当然その返還を求めることができるというべきである。さらに、公務による旅行であっても、旅費支給の所定の手続をとらずに自費でこれを行うことが許されないものではないから、前記(二)に認定した旅費の返納は違法なものということはできない。

また、被控訴人らは、条例上もそのような手続は規定されていないと主張するが、そのような手続規定がない場合においても、当該条例に基づく支給と認められなくなった旅費について、実体法上返還請求権が生ずると解すべきことは明らかである。したがって、愛知県は、各議員に対しそのような旅費の返還を求めることができるというべきである。

(2) 被控訴人らは、行政処分を無条件に取り消すことは許されないと主張するが、本件旅費支給は処分とはいえないし、実質的にみても、議員の申請により議長が承認を与え、公務旅行としての取扱いを取り消すことに不都合はないと考えられるから、被控訴人らの主張は理由がない。

また、被控訴人らは、支給された旅費を理由なく返還することは、公職選挙法一九九条の二の規定で禁止された「寄附」に当たると主張するが、本件の旅費の返納は、支給要件に合致しなくなったことに基づく不当利得の返還の性格を有するものであって、公職選挙法一七九条二項にいう「寄附」には当たらないものというべきである。

(3) 以上、被控訴人らの主張は採用できず、前記旅費の返納は有効に行われ、これにより、被控訴人らが主張する損害のうち、右七七名、延べ一三七件の旅費支給に係る損害は既に存在していないものというべきである。

(五) そうすると、これらの旅費支給については、損害賠償請求の要件の一つが欠けるというべきであるから、その他の点について検討するまでもなく、同旅費支給に係る損害賠償請求は理由がないことに帰着する。

2 亡松川明敬、亡久保田英夫及び一審相被告小田に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

(一) 右三名に対する旅費支給の原因となった県外旅行の存否を判断する前提として当裁判所が認定する事実は、原判決がその「事実及び理由」欄第四の三1(一)(原判決四四頁三行目から五〇頁末行まで)において認定するところと同一であるから、これを引用する。

(二) 亡松川明敬に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

原審における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)によれば、松川明敬は、平成五年三月二六日から同月三〇日までの間に、二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたとして、合計九万六八〇〇円の旅費支給を受けたことが認められる。

しかるところ、右(一)に認定した事実を総合すると、愛知県議会においては、本件旅費支給以前から、県外旅行を実際に行っていないにもかかわらず旅費を受け取ること(いわゆる「カラ出張)が長年にわたって慣例化していたのではないかと疑うべき状況があったといえるが、他方では、〔証拠略〕及び当審証人三輪敦昭の証言によれば、三輪敦昭は、旅行予定表・予定報告書に記載したとおり、実際に二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたこと、そしてその県外旅行は、公務上の必要性のあるものであったことが認められる。

しかして、松川明敬は、本件旅費支給が問題化した直後の平成五年八月二一三日に死亡し、したがって、前記認定のように平成六年一〇月に被控訴人らが行ったアンケート調査に対しても回答することが不可能であり、また、本件訴訟においても、証人尋問等の方法で反証することができず、結局同人には「カラ出張」の疑惑を晴らす機会がなかったのであり、また、前にみたように、三輪敦昭のように現実に公務旅行をした議員もあったのであるから、前示のとおり当時いわゆる「カラ出張」が慣例化していたのではないかと疑うべき状況があったからといって、松川が、県外旅行の事実がないにもかかわらず本件旅費支給を受けたものと認めることはできない。

なお、当審における平成九年五月二二日付け調査嘱託の結果(愛知県議会議長の平成九年六月六日付け調査嘱託回答書)によれば、同人の右二回の旅行に係る旅行報告書の用務先欄及び用務の概要欄は、比較的簡単に記載されていることが認められるが、〔証拠略〕及び原審証人山田繁夫の証言によれば、当時はこの程度の記載内容で適式であると扱われていたことが認められるから、この記載内容から、同人について県外旅行がなかったと推認することはできない。

よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償請求も理由がない。

(三) 亡久保田英夫に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

原審における平成六年一二月二日付け調査嘱託の結果(愛知県知事の平成七年四月一三日付け調査嘱託回答書)によれば、久保田英夫は、平成五年三月二六日から同月三一日までの間に、二回にわたり東京都へ宿泊を伴う県外旅行をしたとして知合計九万六八〇〇円の旅費支給を受けたことが認められる。

そして、〔証拠略〕によれば、同人は、平成六年一〇月に被控訴人らが行ったアンケート調査に対し、用務先及び用務の内容について一定程度具体的に回答していることが認められるから、この事実に照らすと、当時いわゆる「カラ出張」が慣例化していたと疑うべき状況があったからといって、同人が県外旅行の事実がないにもかかわらず本件旅費支給を受けたものと認めることはできない。

よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償請求も理由がない。

(四) 一審相被告小田に対する旅費支給に係る損害賠償請求について

(1) 当裁判所も、一審相被告小田について、本件旅費支給の原因となる県外旅行の事実がなかったとは認められず、またその旅行について公務上の必要性がなかったとも認められないものと判断する。その理由は、原判決がその「事実及び理由」欄第四の三2(原判決五九頁末行から六一頁一一行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。よって、同人に対する本件旅費支給に係る損害賠償も理由がない。

(2) ところで、控訴人は、一審相被告小田については、同人に対する被控訴人らの請求が棄却され、同人の勝訴が確定しているところ、住民訴訟における右確定判決の効力は、当該自治体及び原告らを含めた当該自治体の全住民に及ぶから、本件附帯控訴中同人に係る部分は、右確定判決の効力に抵触するものとして直ちに失当というべきであると主張する。

本件のようないわゆる代位請求訴訟は、原告住民が普通地方公共団体の利益のためにこれに代わって提起するものであるから、民事訴訟法二〇一条二項の規定に準じ、その判決の既判力は当該普通地方公共団体に及ぶものと解される。そうすると、そのことを介しても右判決の既判力は当該普通地方公共団体の全住民に及ぶものと解される。したがって、本件においては、一審相被告小田についての右判決が確定した結果、他の住民が、一審相被告小田に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号の「相手方」に対する請求を訴求した場合には、その請求は右確定判決の既判力により妨げられると解するのが相当である。

ところで、本件においては、原審において一審相被告小田に対する訴えと控訴人に対する訴えとが併合審理され、一審被告相小田については、訴え(「当該職員」に対する請求)却下及び請求(「相手方」に対する請求)棄却の判決が、控訴人については、請求(「当該職員」に対する請求)一部認容の判決がそれぞれされたが、控訴人についての判決に対してだけ控訴の申立てがあり、その部分だけが確定しないで移審した状態にあるものである。しかして、既判力は、訴訟物たる権利主張の判断についてのみ生じ、その前提問題の判断については生じないのが原則であるから、一審相被告小田についての右確定判決のうちの請求棄却部分の既判力は、同人に係るいわゆる「カラ出張」の有無や故意過失の有無等、請求を判断する際の前提問題には生じないというべきである。そうすると、本件における控訴人に対する請求の当否は、一審相被告小田が「相手方」としての損害賠償義務を負うかどうかとは法律上別個に決せられる関係にあり、一審相被告小田についての右確定判決の既判力は、本件の控訴人に対する訴えに対し何らの影響も与えるものではないというべきである。

また、住民訴訟については、地方自治法二四二条の二第六項により、行政事件訴訟法四三条の適用があるものとされ、同条三項によれば、本件のような地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく訴訟については、当事者訴訟に関する規定を準用するものとされている。そして、当事者訴訟については、行政事件訴訟法四一条一項により、取消判決の拘束力に関する同法三三条一項の規定が準用されている。このように同法三三条一項の規定が準用される趣旨は、当該住民訴訟の請求認容判決により権利主体間の権利義務関係が確定された結果、その実現の一貫として関係行政庁の権限の行使・不行使が問題となる場合があることから、そのような場合には、取消判決と同様に、判決により行政庁の権限行使・不行使を義務付けるのが妥当と考えられたことによるものと解される。

しかし、一審相被告小田についての判決は、訴え却下及び請求棄却の判決であって、右判決の内容を実現するために関係行政庁の権限行使・不行使を要するものではないから、同判決については、行政事件訴訟法三三条一項の拘束力も働く余地はないというべきである。

その他、一審相被告小田についての右判決の効力が、被控訴人らの控訴人に対する本件訴えに及ぶとすべき根拠はないから、控訴人の前記主張は失当である。

3 まとめ

以上によれば、本件旅費支給のうち本件控訴及び本件附帯控訴の対象になった被控訴人らの控訴人に対する請求、すなわち、本件附帯控訴の取下げのあった一名(三輪敦昭)を除く八〇名、延べ一四二件、合計六七四万八六七〇円に係る控訴人に対する損害賠償請求は、すべて理由がないものというべきである。

よって、本件控訴は理由があるが、本件附帯控訴は理由がない。なお、被告控訴人らは、本件控訴の申立ては、控訴権の濫用であると主張するが、そのように認めるべき事情は存在しない。

三 本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの請求について

当審における被控訴人らの控訴人に対する請求は、被控訴人らが控訴人に対し勝訴した場合に、地方自治法二四二条の二第七項の規定に基づき被控訴人らが愛知県から支払を受けるべき弁護士報酬相当額が、控訴人の本件違法行為によって愛知県が被った損害の一部であるとして、一二〇万円の支払を求めるものである。

しかるところ、同法二四二条の二第七項の趣旨は、同条一項四号のいわゆる代位請求訴訟が、原告住民において普通地方公共団体に代わって訴訟を提起するものであり、住民が勝訴した場合には、普通地方公共団体が現実に利益を受けることとなるので、特別な規定を設け、本来被告に対し弁護士報酬相当額の支払を請求し得るか否かにかかわらず、原告が弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を、普通地方公共団体に対し請求することができるとしたものと解される。そして、右のように、同条一項四号が掲げる内容の請求を普通地方公共団体自身が訴訟においてする場合においても、被告となった者に対し弁護士報酬を請求できるとは限らない上、右にみた同条七項の趣旨に照らすと、仮に普通地方公共団体が実体法上の原因に基づき弁護士報酬を請求できる場合であっても、その額と、同条七項に従い普通地方公共団体が負担すべき額とが一致するとは限らないものと解される。このような諸点に、同条項が「勝訴した場合」としていることをも併せ考慮すると、同条項は、弁護士報酬相当額については原告住民の勝訴が確定した後に住民が普通地方公共団体に請求することを前提としたものであり、同条頂の「勝訴した場合」とは、「勝訴が確定した場合」を指すものと解するのが相当である。

そうすると、同条項所定の弁護士報酬相当額の請求権は、原告住民が勝訴した時に初めて発生するものというべきである。したがって、仮に、普通地方公共団体と同条一項四号の代位請求訴訟の被告であった者との間の実体法上の法律関係の如何により、普通地方公共団体が原告住民に対し支払うべき弁護士報酬の全部又は一部の支払を代位請求訴訟の被告であった者に請求(求償)できる場合があった場合には、住民が右被告であった者に右弁護士報酬を普通地方公共団体に対して支払うよう求める訴訟上の方法は、同条一項四号の怠る事実に係る相手方に対する損害賠償請求ということになるから、この場合も、地方自治法二四二条の監査請求を経る必要があるというべきである。

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らはこの点について監査請求を経ていないことが認められるから、結局、本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの控訴人に対する請求に係る訴えは、不適法として却下を免れないものというべきである。

第五 結論

以上のとおり、本件控訴は理由があるから、本件控訴に基づき原判決主文第二項を取り消した上、右取消しに係る被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却し、本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却し、本件附帯控訴に伴う当審における被控訴人らの控訴人に対する請求に係る訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条前段、八九条、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 山田貞夫)

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